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合成生物学とは
2023-08-21

近年、合成生物学(Synthetic Biology)は急速に注目を集めています。合成生物学の応用範囲は広く、医療・健康、エネルギー、環境浄化、など幅広い分野で新しいソリューションを生み出しつつあります。本ブログでは、合成生物学の定義、発展の歴史、使われるフレームワーク、合成生物学領域の会社、についてお伝えします。

合成生物学

合成生物学とは、生命システムの構築を通じて生物を理解する学問です。

2003年のヒトゲノムの解読などに代表される様々な技術の発展により、生命システムの構成要素やプログラムが明らかになってきました。生命システムの構成要素が明らかになったことで、それら構成要素を部品とし組み合わせることで、生物を設計し作り出すことが可能になりました。

これにより、長い間生物学の世界で取られてきた「観察や実験を通じて生物を理解する」というアプローチに加え「作ることを通じて生物を理解する」というアプローチが生まれました。工学や建築の世界では「対象物を作ることを通じてそのメカニズムへの理解を深める」というアプローチは一般的でしたが、生物学の世界ではこのアプローチが当たり前ではなかったのです。

また、合成生物学は生物を理解するだけにとどまらず、創造した新たな生命システムから人類にとって有用な様々なソリューションを生み出すことが可能です。例えば、新たな微生物を設計・構築し、その微生物にバイオ燃料、バイオ医薬品、環境浄化する酵素、バイオ繊維、等を生産させることも可能です。また、害虫等に強い新たな作物を開発できるなど、応用範囲が広い技術と言えます。

合成生物学の発展の歴史

我 々が考える合成生物学が急速に発展するきっかけとなった歴史的イベントを以下いくつかピックアップします。

  • 1990年代:合成生物学の誕生
  • 1995年:細菌ゲノムの完全解読
  • 2003年:ヒトゲノム解読
  • 2000年代:次世代シーケンサー登場
  • 2008年:細菌ゲノムの完全合成
  • 2012年:汎用的なゲノム編集技術の登場

1990年代:合成生物学の誕生

マサチューセッツ工科大学(MIT)で電子工学を教えていたトム・ナイトは、アメリカの国防高等研究計画局(DARPA)の支援を受け、合成生物学の研究室を設立しました。電子工学の世界では、大学生が電子部品を使い、基本的な回路を組むことができますが、生物の世界では年単位の時間がかかってしまいます。この問題を解決するために、トム・ナイトは規格化したDNA部品である「BioBrick(バイオブリック)」を考案しました。

バイオブリックは「パーツ」「デバイス」「システム」の3種類から構成されます。「パーツ」は基本的な生物的機能を持つものを指します。例えば、遺伝子をコードするDNA、転写を開始させるために必要なプロモーター、等です。「デバイス」はそのような基本的な生物的機能を持つパーツの集合体です。例えば、特定の物質が存在する場合のみに蛍光タンパク質を生産するデバイス、等です。「システム」はそれらのデバイスが組み合わさり、高度な機能を果たすものです。

合成生物学の誕生について統一見解を述べることは難しいですが、以下の人物が大きな影響を与えたと我々は考えています。

・Tom Knight
・Drew Endy
・Christopher Voigt
・Craig Venter
・George Church
・Jay Keasling
・Sang Yup Lee
・James Liao
・近藤昭彦
etc...

1995年:細菌ゲノムの完全解読

1978年に最初の制限酵素を発見したことでノーベル賞を受賞したハミルトン・スミスとクレイグ・ベンターが1995年にはじめてHaemophilus influenzaeという細菌のゲノムを解読しました。ショットガン・シーケンシングという技術を用い、ゲノムを断片化し、解析し組み立てることで、全ゲノムの配列を決定しました。

そしてスミスとベンターはその後、ノースカロライナ大学のクライド・ハッチソンと共に、Mycoplasma GenitaliumのDNA解読に成功しました。Mycoplasma Genitaliumのゲノムサイズは58万塩基対で、既知の生物の中で最小のゲノムです。この成果はサイエンス誌に掲載されることになりましたが、論文の中では、大腸菌の既知の遺伝子と照らし合わせながら、Mycoplasma Genitaliumの各遺伝子の関連をチャートにし、ゲノムが持つ意味の解読が行われました。

2003年:ヒトゲノム解読

2003年にヒトゲノム計画がほぼ完全なヒトゲノムの解読に成功したと発表されました。ヒトゲノム計画は1990年に米国を中心とする国際コンソーシアムによって30億ドルの予算が組まれてスタートしました。

公的チームの他に、クレイグ・ベンター率いるセレラ・ジェノミクス社もショットガン・シーケンシング法という別の方法でヒトゲノムの解読を試みており、公的チームと同時期に解読が完了しました。

2000年代:次世代シーケンサー登場

2000年代になり、次世代シーケンサー(NGS: Next-Generation Sequencing)と呼ばれるゲノム解析技術が登場しました。従来のゲノム解析手法であるサンガーシーケンシング等と比較して、次世代シーケンサーは、高速かつ低コストで大量の遺伝子の配列データを取得できます。これにより、遺伝子を簡単に読むことができるようになり、生命システムの構築の難易度が下がりました。

2000年代になって登場した次世代シーケンサーは、454 Pyrosequencing、Solexa Sequencing-by-Synthesis、など様々な技術があり、現在も開発競争が続いています。

2008年:細菌ゲノムの完全合成

クレイグ・ベンター率いるベンター研究所は、2008年にMycoplasma Genitaliumの完全なDNAを合成したと発表しました。

彼らは、Mycoplasma Genitaliumの塩基配列に則り、まずは約2万塩基対の二本鎖DNA を、次に約7万塩基対の二本鎖DNA を、さらに約14万塩基対の二本鎖DNA をin vitroライゲーションと大腸菌を活用して合成しました。その後、14万塩基対の二本鎖DNAを酵母の相同組換えを利用してつなぎ合わせ、最終的に58万塩基対にもなるMycoplasma Genitaliumの全長のゲノムDNAの合成に成功しました。

ベンター研究所はその後、Mycoplasma Mycoidesという別の細菌のDNA合成にも成功し、そのゲノムを近縁種に移植することに成功しました。さらに2016年には「生命にとって最小のゲノムを推測し合成する」という目的で、自然界で最小のゲノムサイズであるMycoplasma Genitaliumを下回る53万塩基対の人工的な細胞分裂を行う「ミニマル・セル」を合成することに成功しました。

2012年:汎用的なゲノム編集技術の登場

合成生物学の発展は、遺伝子編集技術の進歩なく語れません。CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)は、2012年発表された革命的なゲノム編集技術です。CRISPR-Cas9は、ガイドRNAと呼ばれる分子を使用し、特定のDNA配列を標的とします。そして、Cas9という酵素がターゲットDNAを切断し、自然なDNA修復機構が作動します。これにより、遺伝子を欠損させたり新しい遺伝子を挿入することができます。

CRISPR-Cas9が革新的だった理由はいくつかありますが、柔軟性とコストの観点が大きいと言われています。ガイドRNAの設計の仕方によって、様々な遺伝子や配列の編集が可能で柔軟性があります。また、ガイドRNAの設計・合成は比較的容易に行えるため安価です。また、細胞への導入が簡単で、短時間での遺伝子編集が可能です。

以上、合成生物学が急速に発展するきっかけとなった歴史的イベントです。技術の進歩や新たな発明が組み合わさったことで、新たな生命システムを構築することが可能になってきたと言えます。

合成生物学で使われるDBTLサイクル

合成生物学で使われるフレームワークの1つに、DBTLサイクル(Design-Build-Test-Learn)というフレームワークがあります。

合成生物学で使われるDBTLサイクル

Design

これから構築する生命システムをデザインする段階です。まずすべきことは、これから構築する生命システムで実現する目的の設定です。例えば「Aという物質を○g/L生産する」といった目的です。次に、その目的を達成するための生物学的部品の選択を行います。これは例えば「どのようなプロモーターを使うか?」といったことです。そして、選択した部品を用いて、遺伝子回路や代謝経路などを設計します。最後に、数学モデルやコンピュータシミュレーションを使い、設計されたシステムの挙動を予測します。

Build

設計した生命システムを実現する遺伝子を合成し、宿主生物に導入する段階です。CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術やプラスミドベクターを使用し、新しい機能を持った遺伝子を構築し宿主に導入します。

Test

構築した生命システムが期待通りの機能を果たすか評価します。これには、代謝活性、タンパク質の発現レベルなど、様々な指標が検証されます。フローサイトメトリー、LC/MS、蛍光イメージング、PCRなどの技術を用いて、生命システムの機能を評価します。

Learn

Testの結果を次のDesignに活かします。ここで近年よく用いられているのが、機械学習です。例えば「酵素の活性を上げる」という目的で、DBTLを回してきたとします。酵素の活性部位に様々な変異を入れ、その結果がTestで得られたら、それらのデータを機械学習で学習することで、次の最適なデザインを提案してもらえます。機械学習を行うためには、ある程度のサンプルやデータが必要ですが、DBTLサイクルを回すための必須技術と言えます。

合成生物学の領域で注目されている会社

合成生物学の領域で注目されている会社は以下の会社です。

Ginkgo Bioworks

Ginkgo Bioworksは2008年に設立された、合成生物の受託製造を行っている会社です。顧客からの依頼を受け、目的の物質を生産するスマートセルを製造します。AIやロボットの導入により、DBTLサイクルを効率化しており、顧客がDBTLサイクルを回すための合成生物学的なインフラを提供している会社と言えます。

Amyris

Amyrisは、2003年にビル&メリンダ・ゲイツ財団からマラリア治療のための分子を作るための助成金を得てスタートした会社です。特殊化学品、機能化学品、香料、化粧品原料、医薬品、栄養補助食品を生産しています。酵母の遺伝子を操作し、サトウキビシロップで発酵させることで、植物の基本的な糖分を炭化水素分子に変換する能力を開拓しました。

Zymergen

Zymergenは、化学物質を生産する微生物を研究し、改変している会社です。合成生物学と機械学習を組み合わせて、樹脂素材、タンパク質などの開発しています。化学化合物の多くは、消費財や医薬品の製造に利用されています。2022年7月にGinkgo Bioworksによって3億ドルで買収することが発表されました。

まとめ

以上、合成生物学の定義、発展の歴史、使われるフレームワーク、合成生物学領域の会社、についてお伝えいたしました。今後も新たなトピックがあれば発信させていただきます。

参考文献

須田桃子. 合成生物学の衝撃. 文藝春秋, 2018.

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